今治
教育
2025.12.24
野間さん 卓球一筋 73年 数千人に熱血指導
939号1ページ

「為せば成る」で歩んだ道
卓球一筋73年。今もボランティア指導やいまばりハッスル卓球リーグなどの大会運営に奔走し、卓球人生を歩み続けている人がいます。指導者資格も多数取得し、これまで教えた数は数千人。常に「為せば成る」の精神で挑み続けています。
その人は、今治市在住で愛媛県卓球協会副会長などを務める野間睦子さん(85)です。野間さんと卓球の出会いは小学3年生の時。姉の職場にあった卓球台でラケットを握ったのが始まりでした。その後、日吉中学校で卓球部に入り、今治西高校でも選手として全国の舞台で活躍しました。
恩師は、今治西高卓球部顧問の宮本信義先生。卓球経験者ではなかったものの、練習後には部員にうどんをご馳走するなど、常に温かく支えてくれ「まるで父のような存在だった」と振り返ります。
高校卒業後は就職・結婚。教師である夫の雄さんの仕事を手伝いながら家業の農業と子育てに追われ、卓球から離れた時期もありました。しかし偶然にも自宅前に卓球場があり、心の中では「いつかまたやりたい」という思いを持ち続けていたといいます。
転機は40歳の時。今治市営中央体育館の新設に伴い、初心者卓球教室の講師を依頼された野間さんは、夫の後押しもあって競技に復帰することに。指導のかたわら、自身も選手として全国大会に毎年出場し、宮崎県を除く全ての都道府県で大会に出場するという偉業を成し遂げました。
卓球は特効薬 ピン玉は魔物
46県の全国大会に出場
指導者として成長し続けるため、自ら学び、新しい技術を体験しようと、数多くの講習会に参加。上級卓球指導員や上級公認審判員など、指導者資格も多数取得してきました。生徒一人ひとりの弱点を的確に見抜く指導力には定評があり、多くの教え子を大会上位へと導いてきた野間さん。4年前には、立花中学校女子卓球部を指導し、全国大会出場へと導くまでに成長させ、周囲を大いに驚かせました。
「為せば成る」を胸に、努力を惜しまず卓球に心血を注いできた人生。野間さんにとって卓球は良き友であり、病気も吹き飛ばす特効薬。そして、ピン球は時を忘れるほど夢中で追いかけてしまう魔物のような存在だといいます。
野間さんは「周りの人に恵まれ、本当に幸せな人生。これからも元気に卓球人生を歩きたい」と笑顔で話しています。
卓球一筋73年。今もボランティア指導やいまばりハッスル卓球リーグなどの大会運営に奔走し、卓球人生を歩み続けている人がいます。指導者資格も多数取得し、これまで教えた数は数千人。常に「為せば成る」の精神で挑み続けています。
その人は、今治市在住で愛媛県卓球協会副会長などを務める野間睦子さん(85)です。野間さんと卓球の出会いは小学3年生の時。姉の職場にあった卓球台でラケットを握ったのが始まりでした。その後、日吉中学校で卓球部に入り、今治西高校でも選手として全国の舞台で活躍しました。
恩師は、今治西高卓球部顧問の宮本信義先生。卓球経験者ではなかったものの、練習後には部員にうどんをご馳走するなど、常に温かく支えてくれ「まるで父のような存在だった」と振り返ります。
高校卒業後は就職・結婚。教師である夫の雄さんの仕事を手伝いながら家業の農業と子育てに追われ、卓球から離れた時期もありました。しかし偶然にも自宅前に卓球場があり、心の中では「いつかまたやりたい」という思いを持ち続けていたといいます。
転機は40歳の時。今治市営中央体育館の新設に伴い、初心者卓球教室の講師を依頼された野間さんは、夫の後押しもあって競技に復帰することに。指導のかたわら、自身も選手として全国大会に毎年出場し、宮崎県を除く全ての都道府県で大会に出場するという偉業を成し遂げました。
卓球は特効薬 ピン玉は魔物
46県の全国大会に出場
指導者として成長し続けるため、自ら学び、新しい技術を体験しようと、数多くの講習会に参加。上級卓球指導員や上級公認審判員など、指導者資格も多数取得してきました。生徒一人ひとりの弱点を的確に見抜く指導力には定評があり、多くの教え子を大会上位へと導いてきた野間さん。4年前には、立花中学校女子卓球部を指導し、全国大会出場へと導くまでに成長させ、周囲を大いに驚かせました。
「為せば成る」を胸に、努力を惜しまず卓球に心血を注いできた人生。野間さんにとって卓球は良き友であり、病気も吹き飛ばす特効薬。そして、ピン球は時を忘れるほど夢中で追いかけてしまう魔物のような存在だといいます。
野間さんは「周りの人に恵まれ、本当に幸せな人生。これからも元気に卓球人生を歩きたい」と笑顔で話しています。